それは、そこにさえいけば何とかなると信じ、ひたすら事務所所属を目指してきた私の、人生観をすら覆してしまう衝撃。
反論できない私は”己の人生”すら見えていなかった事に気づいたのだった。
事務所所属のみを目的にしてしまったプレイヤーたちに対し
「仕事のない名ばかりの所属の状態は【自分に損はなくチャンスがあるだけと思っている】のかも。でも実は人生の最も大切で取り返せないもの「時間」を浪費していることでもあるのよ」
と言った極細木は「そんなプレイヤーと事務所の関係」をだめんずと評した。
そしてー。
私は話す事になった。
知人セツコについてー。
セツコは【養成所を経てある事務所に入った。所属2年目。でもこの2年でほんとうに細かな仕事が2本しかなかった】女性である。

事務所をやめたいと思っている。でも。
「こうじゃないかしら?そのセツコちゃんって子は、仕事がこなかったことで事務所をやめたいと思っている…でも悩んではいるけど、何をするでもない。気持ちと行動が矛盾して、時間を浪費しては焦りと自己嫌悪の悪循環にいる。そんなところじゃない?」
「まさにそうです。なぜわかったんですか?」
「セツコちゃんの日々はだいたい見えてるわ。声優アイドルを目指せるでもない年齢で、ナレーターの仕事に出会った。『自分の喋りで視聴者が感動したらどんなにか幸せだろう』『あなただからと求められる存在になりたい』ナレーターならば誰もが持っている、純粋な憧れー。ひるむ心を奮い立たせて養成所にむかった。右も左もわからずレッスンについていく、充実した毎日。それなりの競争率で”まさか”の事務所所属!毎日どきどきして過ごした。でも一ヶ月待っても仕事がこない…半年待っても。彼女もなんとかしようとした。例えばすごく怖かったけど、営業をしてみようかとも思った。でも、事務所は個人営業禁止。責任を負うのでなんとか認めてほしいと直談判しても、事務所からは『営業なんてしたことないでしょう?今のままで問題あるの?』くらいの返事だったんじゃないの」
「問題ありますよ、現に仕事ができていないですから」
「そうね…だからこの頃、彼女の心は揺れ動き始める。『なにかが、おかしい』」
霊視か?!
そう疑ってしまうほど、極細木は、会ったこともないセツコの心境をピタリといい当てていた!まさに私が彼女から聴いていた話と符号しているではないか!
厳しい所属審査に受かったのだもの
「個人営業の許可が簡単ではないことは、ワタクシにも理解はできるの。営業や経営の素人であるプレイヤーがトラブルを起こさないとも限らない。プレイヤーを計画的に売り込もうとしている場合もあるから、”無断”の場合は問題がおきる可能性もあるわ。でも個人営業を断る理由はもっと丁寧に答えてあげなければいけないのよ。彼女の人生の問題でもあるのだから」
「僕、昔一度アドバイスをしたんです。辞めたら?と」
「そう簡単に辞めることはできないのよヨ。違和感を感じているセツコちゃんでもね。『せっかく厳しい所属審査に受かったのだもの』、『この年で他の事務所に入れてくれる訳がない』、『数年かかったとしても花を咲かせたい』…こんな想いが気持ちや行動を押さえ込んでしまいがちなのよね」
この女・極細木は一体どうしたというのであろうか?!
まさにまったく同じセリフが、セツコちゃんの口から漏れていた事実を私は覚えている!
その時私は、殉教者然とした彼女に驚愕したのだが…っ?!
「知らずに全身に浴びていたのね、”優しさの毒”を」
「そんな…」
極細木スガ子

ごくぼそきすがこ。
声業界の女帝と呼ばれるマネージャー。
山ちゃん

謎の新人ナレーター。
極細木第2章「プロ向け編」もくじ
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