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 この物語は声優からナレーターを目指す迷走の物語である。おおむね事実。
 第7話

声優地獄門

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第7話「声優地獄門」

 

軽い気持ちで声優養成所に入った安土寿雄(あづちとしお)。ちょっとビビり。黒山椒(くろざんしょ)社長のダメ出しに耐え、モブの仕事にありつく。声優ユニットに選抜されるのだが。

 

 

 

声優地獄門


『この扉をくぐる者は一切の希望を捨てよ』
レッスン場のドアにその文字が浮かんでは消え、沈んでは浮かぶ。「はぁ、帰りたい」
声優ユニットのメンバーの顔合わせの日。本来ならば、希望で胸が躍るはずなのだが、とてもそうは考えられない。

黒山椒「随時入れ替える予定だ。脱落しないように。ちなみに君の実力ダントツで最下位だから」
 
社長の声が頭でこだまする。むしろ期待を持たせたところで、脱落させるなんて、この人たちなら十分あり得る…いや絶対そうに違いない!
恐怖からかみぞおちの辺りが何やらグッと沈んだ。
 
声優ユニットのメンバーは男性6名。やはりとは思っていたがイケメン・イケボでそこはかとなく王子感があふれ出ている部持田(べじた)三郎も入っている。彼は社長のお気に入りとしてすでに事務所に上がっていた。

ゴボウのように細い中性的な男子、マッチョなスポーツ系、売れっ子声優もどき、爽やか声の高身長。
(このメンバーってことは俺の立ち位置はお笑い担当かな…)
 
集合時間から15分。三年坂(さんねんざか)女史が怪訝な顔で登場した。

三年坂「さっきから隣の部屋にいたけど、みなずいぶん余裕があるんだねー」
一瞬で皆静まり返る。

三年坂「わざわざ遅れてきたんだから、当然もう準備が出来てるでしょ。まずは”ういろう売り”やって」
 
”外郎(ういろう)売り”歌舞伎由来のセリフで滑舌訓練法。声優系では必須。養成所で最初の授業で滑舌教本として渡されてはいたのだが。
中性ゴボウは無言で立ち尽くしていた。
 
三年坂「滑舌教本持ってきてるでしょ。早くやって」
もちろん持って来いとは、言われていなかった。

ゴボウ「・・・すみません、持ってくるのを忘れました」
三年坂「すごいなぁ、もう滑舌できてるから必要無いんだな君は」

次にマッチョを指さし「やって」と一言。
カバンの中からいそいそと滑舌教本を取り出そうとした

三年坂「いま出してんじゃないわよっ!」と怒号が飛ぶ。

マッチョ「す、すみません!せっ、拙者親方と申すはご存知のお方もご、ござりましょうがー」
緊張からか声が震えている。
マッチョ「ーぶ、武具ばぎゅぶぎゅば、馬具、みむぎゅばぐ」
三年坂「何回噛んだら気が済むの!もういいわ!次」
指されたのは安土だった。

緊張で言い澱みはあったが、なんとなく練習をしていたので頭には入っていた。なんとか完走してほっと胸をなでおろす。(よかったー練習しておいて)
三年坂「じゃあ、この話の現代語訳してみろ」
安土 「え?え、え?」
三年坂「もちろん意味解って喋ってるんだよね」
安土 「・・・解らないです」
三年坂「意味もわからずやってたんだ。普通しらべるでしょ!ペラい読み込みしてんのね」

三年坂「もういい、あんたたちが、どれぐらいぬるいかわかった」
 
この後も説教が続き最後に「今日はこれ以上やっても無駄だ」と言い残し三年坂女史は部屋から去った。そうして初顔合わせは幕を閉じた。帰り道は誰も言葉を発しようとはしなかった。駅での別れ際。部持田先輩が冷徹な一言

部持田「あのさぁ、君たちのせいで俺まで怒られて迷惑だから、二度とこんなこと無いようにしてくれるかな!」
どちらに行っても行き止まり。これから始まる地獄めぐりを暗示しているのか。また胃がきゅんとなった。


せんべろ酒場


緊張と失意の声優ユニットのレッスンの後。せんべろ酒場で、養成所の仲間たちと集うことが、唯一の心安らぐ場だった。とりとめのない自画自賛と愚痴であってもだ。そのお気楽感がちょうど良かった。飲みの場ではあえて軽い調子で盛り上げ役を演じていた。
 
「ぷはー」ジョッキが一気に空になる。いつものように今日の自画自賛から始まる。
「戦闘シーンの声のリアルさがさー」「あのゾンビのうめきは迫力あったよね」
「そういえば安土は部持田先輩と仕事したの?」
安土「あーまあ、、、モブの仕事やったかな。まあ言うてもモブやけどハハ」
「えーいいなー、モブかー、セリフあるんでしょ」
(まあガヤとほとんど変わらないくらいなんだけど)
「噂では安土は特別レッスンを部持田先輩とやってるって話だけど、、、」
安土「ここだけの話。なーんか三年坂(さんねんざか)マネージャーに呼ばれてんけど、どないなるかまだ分からへんわ」

逗子丸「ま、何を言ってもどうせ、所属が約束されてるんだからいいじゃないですか」
 
親しいと感じていた逗子丸の言葉が胸に刺さる。
場の空気が一瞬で重くなった。皆も昇格を控えて緊張が高まっているのだろう。所属に近いのは事実だが、まだ決まったわけでは無い。むしろ黒山椒なら平気で落とす、そのくらいのことはやるだろう。ホントにどうなるかわからない。泣きたいくらいだったが軽いお調子者を演じた。みんなからの羨望の眼差し。そんなちょっとした優越感など感じている場合ではなかった。みんなのお気楽感が羨ましいくらいだった。地獄への門は開いているのだから。
 
次回、ついにアイドル声優へ!その裏側とは。果たして安土は生き残れるのか!
その前に逗子丸へとまた話が戻ります。