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ボイス・サーガ

 この物語は声優からナレーターを目指す迷走の物語である。おおむね事実。
 第20話

地獄のドラマCD

ボイス・サーガ

第20話「地獄のドラマCD

 

初めてのアニメの番レギ。しかし売れっ子でもバイトの状況を聞き、希望がしぼんでいく安土(あずち)であった。尼崎(あまがさき)社長から一本の電話が。

 

 

 

終わり無きリテイク

 
尼崎「うちの事務所で制作するドラマCDの仕事お願いできるかな?まだ内緒だけど有名声優さん呼んでるから現場でびっくりしちゃうかも!ウッシッシッシ」
安土「もちろんやりまっせ!!」
尼崎「そうそう、今回の監督は西成(にしなり)くんだからよろしく」
 
西成とは「どん底グルーヴ」の最古参のメンバーだ。芸歴はあのセクハラ音響監督からの、韓流ドラマのガヤが2本のみ。なぜか嫌な予感がする。
 
少し早く現場に入ると、出演のレッスン生数名を集めて西成が熱く語っていた。
西成「夢を叶えるためには、お金を稼がなきゃいけないよね。もっとお金が必要じゃない?働き方を変えて、自由な時間を手に入れたくない?」
 
作品の演出上のことではなかった。ネットワークビジネスの勧誘。それ自体は違法ではない。しかしレッスン生を集めて、収録前にすることはグレーのラインを超えている。
 
安土が立ち聞きしていることを察して、西成は話を打ち切った。
西成「君が安土か。レッスンを受けたくないって言ってる奴か!レギュラー持ってる人はすごいねー、さぞかし芝居が上手なんだろうねー」

そこに時間ちょうどで、大人気声優の高円寺が現場に現れた。
 
一同「おはよーございます。今日はよろしくお願いします!」
 
高円寺「おはよー、今日は宜しくね!」
 
なんとも感じのいい人だ。売れっ子の人は新人が挨拶しても、基本そっけない人がほとんどだけど、いい人で評判なだけはある。
 
そして、収録がはじまった。まずは売れっ子である高円寺のセリフから取っていく。
西成「オッケーです。いやー流石です!完璧です!!」

そして安土のセリフの番が回ってきた。マイクの前でスタンバイする。
 
安土「アニキィ、この辺、出るらしいですぜ、、、」
西成「カーーット!おいおい冗談だろ!?レッスン受けたくなーいって言ってるからどんだけ上手いかと思ったら、その辺の素人の方が上手いじゃねーかよ!俺の作品ぶち壊しにきたの?チッ、もう一回いきまーす」
安土「・・・」
 
そしてここから無限地獄は続いた。
西成「カーット!もう一回!こんな簡単なセリフで何テイクかけるんだよ!」
「カーット!もう一回!なんでこんな下手くそがレギュラー持ってんだよ!」
「カーット!高円寺さん呼んでるのに事務所に恥かかすなよ!」
一体何がダメなのか?正解が全く見えない中テイク数だけが増えていく。
 
西成「もうこれ以上やってもしょうがないからこれで」
ようやく地獄から解放された。さっきの様子を見かねたのかボソッと高円寺が呟いた。
 
高円寺「こんな事、呼ばれた僕が絶対に言っちゃダメだけど、早くここの事務所やめた方がいいと思うよ。現場でここまで不快な気持ちになったのは初めてだよ」


深い深いどん底へ

 
とにかく悔しかった。早く切り替えて嫌なことは忘れよう。せめて今日は旨いものを食べようと思い立つ。
 
安土「そういえば番レギの仕事のギャラが振り込まれたはずだ!張り切って3万円くらい下ろそう!」
 
『残高が足りません』
安土「え?なんで?」
 
尼崎社長に電話する
 
安土「あの、先日ギャラ振り込んだと聞いたのですが、どうも振り込まれてないみたいで」尼崎「ウソ?ちゃんと振り込んだよ!ちゃんと24000円入ってたでしょ?」
安土「にまん!?え?6万円じゃないんですか?」
 
声優のお仕事のギャラはランク制と言うもので決まっており、新人の30分アニメ1本のギャラは15000円なのだ。
 
尼崎「何言ってんの?事務所にはいってるんだからマネージメント料発生するよ」
確かにマネージメント料のことは聞き逃していた。
 
尼崎「うちはマネージメント料50%とそれから源泉徴収が10%あるからそれ引いた分ちゃんと振り込んでるでしょ?」
自分の金でワークショプ通って、オーディションに合格した。しかも尼崎社長は一度も現場にすらきていないのに、50%とは!!
 
安土「そ、そないでっか、ちなみに今日のドラマCDのギャラっていくらなんですかね?」
尼崎「高円寺さん呼ぶのに予算使っちゃたからギャラは出ないよ。うちの事務所の作品なんだからそこは協力してくれるよね?高円寺さんと仕事できて勉強にもなったでしょ?レッスン生なんて30枚買ってるんだよ」
安土「いやぁ、今日はホンマ勉強させてもらいました!(人生を)」
目頭が熱い。一体何をやっているんだろうか、、、何のために声優を続けて来たのだろう。
 
神様なんていなかった。なんのビジョンもなく、お散歩感覚で足を踏み入れた結果がこれだ、きっとこの先に続いている道は闇の奥底だ。

次回 ここらで逗子丸の恋のエチュード