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ボイス・サーガ

 この物語は声優からナレーターを目指す迷走の物語である。おおむね事実。
 第24話

聖母マリアと覚醒の歌

ボイス・サーガ

第24話「聖母マリアと覚醒の歌

 

せんべろ酒場での偶然の部持田(べじた)先輩との再会に衝撃をうけるも、ピンクの耳打ちにフワッとした逗子丸(ずしまる)であったが。

 

 

 

ブルータス

 
同期との飲み会が終わってから、自分の心の卑しさと絶望感を感じていた。数日後ピンクから電話が来た。

ピンク「ズッシー、この前は荒れてたね。その後は元気なかったし。ちょっとだけ心配になっちゃたよ!明日でも会わない?」
逗子丸「(ズッキューン❤️)心配してくれてたんだ。ありがとう」
 
ピンクの柔らかな声は、ひび割れた心の隙間に深く染み込んだ。この世で唯一、自分を包み込んでくれる優しさがあった。

東中野駅前の雑踏にある喫茶アントワープ。荘厳な音楽が聖母マリアの愛を歌っている。窓際の席でピンクを待っていた。柔らかな逆光で髪の毛が輝いて見える。
 
ピンク「どうしたのかなって、ちょっとだけ心配したよ!」
逗子丸「なんか。。。僕もう疲れたよ」
ピンク「声優の下積みって精神的にキツイよね。でも私だけは頑張ってるズッシーのこと分かってるからね❤️」
 
そう言うと逗子丸の手に自分の手を重ねた。暖かい温もりに包み込まれた。冷えて弱った心を柔らかく解していく。一滴の涙がピンクの手に落ちた。
十字架に架けられたイエスを優しく助け出してくれる聖母。はっ!この光景は!
 
逗子丸「ルーベンスの絵だ!」
ピンク「ちょっと何言ってるかわかんないんだけど」
逗子丸「ごめん、ネロと気持ちがシンクロしちゃってた」
ピンク「誰だって、支えが必要な時があるもの。私もエロゲの仕事でいろいろあって。セクハラとかもね。とにかく荒んでた時、あったもの」
逗子丸「そうだったのか。。。ピンクも大変だったんだ」
ピンク「でもねそんな時。気づかせてくれたことがあったんだ。それで今は目標を達成できたの。月10本の仕事!」逗子丸「それはすごいなー!ボクなんて半年に1本いくかいかないか(泣)」
ピンク「ズッシー。人生、変えたいって思わない?」ギュッと逗子丸の手が強く包まれる。ピンク「頑張ってるから。応援したいし、一緒にやりたいなと思って。幸せになろう❤️」
逗子丸「一緒に幸せに。。。❤️」
ピンク「実は、私ね」逗子丸「うんうん」
ピンク「すっごく素敵な教育プログラムをお勧めしたいの!ズッシーが悩んでるの見て、絶対に教えてあげなきゃって思ったの!」
逗子丸「nnnんーー?え、なんて?」
ピンク「マジすごくいいセミナーを受けたのよ!そしたら人生変わったの。考え方ひとつで仕事でどんどん成果が出るのよ」
逗子丸「ちょ、あの、話が見えないんだけど」
ピンク「これが詳細のパンフ。ちなみに、どんどん埋まっていって、いまは1ヶ月待ちなの。それも、早くしないと埋まっちゃうから、予約だけでもする?」
逗子丸「それってお高いやつでしょ?」
ピンク「3日で9万だよ。うん、高いと思うかもしれないし、わたしも最初は迷ったけど、結果的に元が取れたから、やってよかったよ!9万で人生変わるなら、惜しくなかったなぁって思うよね。それにこれは巷によくある怪しいマインド的なセミナーじゃないから」
逗子丸「もしもーし??」
ピンク「大丈夫、不安もすぐに無くなるわ、まず参加!一緒に覚醒しよ!」

『今日の話も、つ・ま・り、また、そーゆーことかっーーー!!むぎゅーーーふぎゃーーー!!!』
 
ムンクの叫びはこんなだったのだろうか。逗子丸は喫茶店を出てふらふらと雑踏に飲み込まれた。
ネットで転がっている「セミナー勧誘」のマニュアル通りだったことは後ほど知った。それはもちろん9万だけでは終わらない。本人は今もホントに信じているんだと思う。でも仲間に、陥れられんじゃないかという気持ちは、どうしても拭えなかった。

『なんで声優になろうと思ったんだったっけ?』
 
そんなことすら思い出せない時間がすぎた。ただただ機械的に今日も自主練を行う。それはその瞬間を恐れていたからだ。ミニ四駆がサーキットの同じ円を回り続ける。やがてコーナーから飛び出してクラッシュしてしまう。
 
進む理由も、やめる理由もない。ただここに居所がないことだけは分かっていた。

次回 青い彗星の一夜