「急きょのピンチヒッターなんだけど、やってみる?」
突然こう声をかけられることがある。
驚くべきは、現在の売れっ子の中にも、ピンチヒッターをきっかけに突破口を開いた例が多い。
その打席で期待に応えられるか。それがプレイヤーたちの運命を大きく左右する、シビアな瞬間でもある。

今春。同じようにピンチヒッターを頼まれた男がいる。ナレーター「織田ッぱ」。
ふざけた名前にはある種の覚悟が必要だ。若干25才。
「彼のナレーションは自由に表現を楽しんでる」と言われている。
だが自由はつかみとっていくものだ。織田ッぱはそのためににエッジに立ち続けてきた。
毎日 吹雪 吹雪 氷の世界
(井上陽水「氷の世界」より)
高校時代はいじめにあった。織田ッぱはそれから長い間「氷の世界」に住むことになった。
大学では演劇専攻へすすみ「アングラ演劇の帝王」と呼ばれる俳優に師事し演劇にのめりこんだ。
やがて上京し声優養成所へ。
元々好きだった講師のベテラン声優に一目あうなり「キミは全身を鎧で覆い隠しているな」と看破され感銘を受けたからだ。
そしそしてバイトをしながらの連日の厳しい舞台の稽古。
やがて事務所預りに昇格するが、「声の仕事」は半年に一回ガヤ(声のエキストラ)があるかどうかというところ。
そこのマネージャー陣はいつもどんより暗かった。
所属している先輩プレイヤーたちが集まっては「ウチの事務所はプレイヤーの面倒をみない」「仕事をもってくる力がない」といいながら辞めるでもなく、愚痴をまきちらし続けていた。
そんな中、織田ッぱは次期の3年にわたる所属契約の更新を薦められた。
「”自分の好きなこと”をずっとやってきて、試し尽くしてきたんです。でも、まったく食べる所までいけなかったし、有名にもなれなかった現実です。3年後自分がどうなっているかは、先輩たちを見ればわかりましたから」
そして織田ッぱは事務所を辞める。養成所時代からつきあってきた彼女とも別れた。
やりたいことをやりつくした結果、自分の中が空っぽになるような感覚に見舞われた。立っている場所が消えたのだ。
ただ「好きなことでは結果が出なかった事実」だけ残して。
僕の衣装は寒さで画期的な色になり
(井上陽水「氷の世界」より)
空虚な日々。
なにげなく見たバーズのホームページ。たった二文字に強く惹かれた。
「”自立”という言葉です。何かが違う、何かが足りないと過ごしていた気持が『自立したいってことだったんだ』と思いました。でも正直言って「また養成所」ってすごく抵抗があって。でも他にそんなこと言ってるスクールもありませんでしたから…」
「ここが最後。1年間だけ集中しきってみて、それでダメなら全部諦める!と決意するまで時間がかかりました」
迷いながらのレッスン初日。
織田ッぱはサングラスに上下真っ黒なスーツ「映画ブルースブラザーズ」のようないでたちで現れた。目立つためと思っていた。
だがバーズ校長でありマネージャーの義村にこう言われた。
『ユー、全身ピンクになっちゃいな』
黒は”誰にも染まらない”というメッセージだ。
だが”プレイヤーは変化してこそ”だ。林家ぺー、パーさんみたいに全身ピンクになったらそれは大きなふり幅になる。
「最初は何を言ってるかわかりませんでした(笑)表現に一体なんの関係があるんだろう?と思ったのですが。校長は真顔で。でも、振り返ってみればたしかに僕は”生み出すクリエイタータイプ”でありたいと思ってきました。でも、そうではなくて”変化するプレイヤータイプ”だったんですよ」
「入学前に『これまでずっと好きにやってダメだったんだから、他人の言うことをきかなきゃダメだ』と心に決めていたこともあるので、覚悟しました…」
そして翌週本当に全身ピンクの衣装で教室に現れた織田ッぱに、クラスメートがおもしろがって声をかけた。
「こんなことで人は喜んでくれるのか。変化することが僕の生きる道なんだって確信した瞬間でした」
「小さな奇跡」 もくじ
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「小さな奇跡」もくじ
「小さな奇跡」 もくじ
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