sideガンバルジャン


ガヤが月に1回か2回あるかないか
その後は小豆地さんといえども、ぽんぽん仕事をふってくれる訳でもなく、それからはまたインコの餌やりなどしながら「明日は、明日こそは」と信じながら、電話を待つ日々。
電話があったとしても、実際はガヤなどほんっとに小さい仕事が月に1回か2回あるかないか、それすらもない日々の繰り返し。
夜は同じ事務所のジュニア仲間とともに、工場での日雇いバイト。
時々「声優の小さな仕事」をする者がいて「どうだった?」と話しあう。
「売れっ子の●●さんが、何回も噛むんで現場の雰囲気悪くなってさ、困っちゃったよ~」などと(ガヤのお前はその場にいただけで関係ねーだろ)とは思うものの、現場のトラブル話をまんざらでもない顔で言われ、悔しくて、そいつとはその日は一日中、口をきかなかったりしていました。
封筒と従兄弟
運よく仕事をふってもらえた月は、ギャラ支払日に事務所から明細が送られてきます。
普段はみかけない、事務所のロゴが入った封筒を見ると、なんとも誇らしくうれしい気分になります。
でも親戚の集まりなどで、年下で一番のチビだった従兄弟がいつのまにか就職をし、車を買い替えたり、結婚話などする姿などをみるようになると、バイト先とは違って、なんだか、胸がしめつけられるような気持ちになってきます。
明細には、たった1行「CSアニメのガヤ 8,000円」。
そのジュニアランクのギャラからさらに事務所のマネージメント料を引かれた明細を、バレないように握りつぶすのが精一杯でした。
唯一の台詞である「プレイボール!」の練習
そんなある日。
数週間ぶりに、マネージャーで事務所の大番頭である小堀田(こほった)さんから仕事の電話をいただいたのでした。
珍しく事務所の実力者である小堀田さんからのじきじきの電話、それも、一言だけだったけど台詞のある役で舞い上がるガンバルジャン。
それからは毎日、唯一の台詞である「プレイボール!」の練習と飲み会での新人の役割である「魚の身のほぐし方練習」にいそしみました。
そして収録当日。
新人おみやげ坂クンタキンテ
例によって舞い上がった私は、一番最初にスタジオに到着していたのでした。
前回はここで、一番下っ端なのに主役席に座ってしまうという、大失敗をしてしまったのでした。
やがて先輩方がぞろぞろとスタジオ入り。中には子供のころテレビでみていた人もいたりして、テンションはいやが応にもあがります。
しかも今日の出演者をみれば、戦後新劇の流れをうけた声優界の生き字引みたいな、つまりいわゆる体育会系で”イカにもな声優さん”たちが多かった。そんな人に嫌われる訳には絶対いかない。
あらかたの出演者がブース入りするのを見届け、下げっぱなしだった頭をあげようとしたころ、明らかに年下で、キョドキョドした男がどたばたと入ってきました。
「あの~、ここは●●●のアニメ収録するところでしょうか…?自分はパッポンプラ養成所の新人”おみやげ坂クンタキンテ”という者なのですが、初めてのスタジオでよくわからなくて…」
かっちーん!
パッポンの後輩?!しかも養成所生かよ!
先輩のこの私が収録1時間前にきてるってのに、こんな本番ぎりぎりに来やがって!
貴様なんてことを!
私はおみやげ坂とやらに言いました。
「やい貴様、何期生だっ?!新人が重役出勤してるんじゃないっ!」
「やや、ガンバルジャン先輩ですね、お話には聞いてました!すっすみません、ダッシュできたんですけど」
「いいから早く私と並んで、入り口で一緒に挨拶してろ!…(ヒソヒソ)いいかおみやげ坂、新人はこうして先輩方に顔を覚えてもらわなきゃダメだ。自分でアピールしない奴は一瞬で嫌われるぞ」
「(ヒソヒソ)はっはい、声優って厳しいんですね。自分世間知らずで…ガンバルジャン先輩、いろいろ教えてくださいね」
「(ヒソヒソ)よせよ。最初は俺もなんも知らなくてな、苦労してやっとここまで来たんだ」
そうこうしているうちにヒロイン役のグワシヶ原のりピーコ(ぐわしがはら・のりぴーこ)がやってきて全員がそろいました。
グワシヶ原をジトーっとした横目でみながら、前回の反省もふまえ、隅っこの席に向かいます。
すると目を疑うような光景が飛び込んできました。
1つ残った「大事な主役さまの席」に、よくみるとカバンが置かれていたのでした。
あがっ?!
「あ、先輩すんません、そのカバン、ボクのです」
おみやげ坂!!貴様なんてことを!
新人声優が避けなきゃいけない大失態を、お前もやってしまうのか!
それもこれだけの大御所声優陣の前で?!やばいよやばいよ‥‥!
ヒッキー

引きこもりから抜け出し、声優からナレーターになった男。現在ではドキュメンタリーや番組レギュラーナレーション、声優として大ヒット作に出演するなど、みごと社会復帰を果たした。
ガンバルジャン

夢にまで見た声優ジュニアは、まるで「レ・ミゼラブル(ああ無情)」な世界だった…。ナレーションを学ぶことで番組レギュラーをもち、社会復帰に至った、男泣きナレーター。
「声優ミゼラブル」 もくじ
最終幕 |
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第14幕 |
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第13幕 |
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第12幕 |
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第11幕 |
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第10幕 |
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第9幕 |
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第8幕 |
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第7幕 |
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第6幕 |
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第5幕 |
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第4幕 | |
第3幕 | |
第2幕 | |
第1幕 |