ナレーターメルマガ

読み切り短編集

- vol.04 -

  『淡々と読んで』の考察

前編

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(2015年11月19日ナレーターメルマガ292号)

 
下記は、ナレーター専用フォーラムサイト『ナレーションの虎』にかつて寄せられた質問です。
 
ナレーター,ナレーション,ディレクション

 

【質問】最近のナレーション

【投稿者】 エルサ

最近のテレビのCMのナレーションを聞いていると抑揚がなく淡々とした読み方が多い気がします。今は自然に読める方が求められていると聞きましたが、やっぱり世界観を考えすぎず自然に読んで、読んだものがCMに合うのか合わないのかという考え方でよいのでしょうか。みんな同じに聞こえて、つまらないんです。

 
さあ、ナレーション虎からの回答は?
 


 

=【大窓王の答え】=

 

エルサさんナレーションの虎へようこそ。
確かに淡々としたナレーションはCMを中心にドキュメンタリー番組にも多いですね。
 
ナレーション録りの現場でも「淡々」または「坦々」と読んで欲しいとディレクションされることが多いことも事実です。

まず「淡々」もしくは「坦々」とはどういう表現でしょう?
 

 「淡々」メリハリや抑揚のないさま
 「坦々」平坦で起伏がない

 
ともに抽象的な意味としては同じく「抑制した読み」を指しているといえます。求められていることは、オーバーに感情を入れない表現ということでしょう。

ではなぜ【淡々・坦々】とした読みが求められているのか
その原因を探ってみたいと思います。
 



景気の要因で『共感』CMが増えたこと

 
昨今は回復してきたとはいえ、長い間日本は不景気の中にありました。
 
経済の停滞で、画期的な新商品やサービスを声高に謳いあげるCMの影は薄くなっていきました。テレビCMの主役である大企業は、革新性を問い勝負していく体力がなくなってきたことが背景にあります。
 
そこで出てきたのは、消費者に寄り添うかたちでの宣伝形式です。
 
それは優しく繊細な小さな幸せを『共感』していくものです。そのようなCMを多く見かけているはずです。
 
『共感』のCMではナレーションも決して感情の押し付けはしません。感情の抑揚を抑え、繊細な表現が求められます。そうした丁寧で優しい表現は『共感』と共に人の胸を打ちます。
 
しかし繊細すぎることは小さな表現になりがちです。表現が小さくなることによって、結果的に単なる棒読みにしか聞こえなくなる落とし穴があります。
 
『共感』CMの場合は出すぎることより棒読みのほうがましだと言えるのかもしれません。

 


 

番組とナレーションの関係

 
CMだけでなく番組、特にドキュメンタリーでは【淡々・坦々のナレーション】が求められることは少なくありません。
 
ナレーションは映像との関係性の中で表現されます。強く映像で伝えるところではナレーションは引き、映像だけでは伝えきれないところでは出る。その差引きが作品に説得力をもたせます。
 
ドキュメンタリーでは、出すぎた表現が、作品に別の解釈を入れることを嫌い、結果的に【淡々・坦々】とした表現になりがちです。
 
残念ですが日本のドキュメンタリーでは映像とナレーション両方が「淡々・坦々」としてしまい説得力が弱く退屈な作品が多く見受けられます。
 
メリハリをつけて作品に説得力をもたせることが理想のナレーションだと私は考えています。

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